駄らだらと語る宝塚ファンのブログ
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 「なんとなく花のみち日記」 2007年 09月 08日 (土) 00:48
「大劇場ではTCAスペシャルが行われているにもかかわらず、
  バウホールへお越しくださってありがとうございます」
と箙サンが言った。

巷ではTCAの裏番組として扱われているかもしれないが。
私にとってはこっちのほうが真の祭りだ!
どんどん出てくるスターさんより、何十年も頑張りつづける専科さんのほうが今や希少ではないか?
夢にまで見た、濃い舞台。
夢に見そうな、濃い面々。
専科の演歌レッジコンサート。
・・・いや、『エンカレッジ コンサート』。

とにかくスゴイ舞台だった。
専科さんの客席下りなんてそうザラにあるもんじゃない。
恋の歌を軽やかに歌う箙かおるサンなんて、そうそう見られるもんじゃない。
15才の若者がつくった歌を歌う京三紗サンときたら!
いつものお母さんキャラと同一人物とは思えないほど可愛らしいのだ。
あんなにもみずみずしく美しい京三紗サンを、他のどこで観られるものか。

いや、真剣に書いているのである。
濃いとかうまいとか迫力があるとか、どんなに言葉をならべても、実際よりは軽薄に聞こえてしまうだろう。
前にも書いた気がするが
 「ああ我が宝塚」
と歌うとき、昭和43年から宝塚にいる人と若手とでは、歌の意味がまったく違うのだから。

歌の一曲一曲が、まるで本を読むようだった。
短編だが深みのあるそれぞれの人生の本だ。
私はこの舞台を目でしか見られなくて、耳でしか聞こえないのが悔しいくらいだった。
もっともっと感覚器官がほしいくらいだった。
体ぜんぶで聞いていた。

磯野千尋サンは同期の大浦さんがトップ時代の歌だと言って
『ジタン・デ・ジタン』や『So in Love』を聴かせてくれたし、
一樹千尋サンは30何年間も大事にしてきたのだと言って『愛の宝石』を歌ってくれた。

曲名を間違えちゃったのは萬あきらサンだ。
あんな照れたような笑顔は舞台で初めて見たかもしれない。
バンドからも笑いが起き、客席からは拍手が起きて、
どうしましょうと考えこんだのも束の間!
一瞬ののち振り向いた萬サンは、びしりとスタイルを決めた完璧な男役になる。
歌うは『ジプシーの恋歌』だ。

矢代鴻サンは、かつて尊敬する先生に「歌に生きるシビちゃんへ」とサインをもらったことを話し、
 「お陰で宝塚での賞味期限ギリギリまで歌わせて頂くことができました」
と述べた。
・・・賞味期限って、何・・・。
粋で強くてカッコイイ、姐さんにはぜひともアルバムを出して頂きたいところです。

すでに退団発表をしている立ともみさんが歌ったのは『マイ・ラスト・ダンス』。
 「初めてダンスシューズを履いた日から、踊ること、ただそれだけだった。
  もっと高く!もっとかろやかに!
  命ある限り踊りつづけよう」
歌いだしのワンフレーズから心にずんと沁み入った。
歌詞がすすむにつれ、稽古場が、汗を散らして踊っている立さんの姿が、まるで見えるようだった。
手をのばせば歌声に・・・歌っている人の心に指が触れるんじゃないかと思うような、迫ってくる歌がときどきあるものだ。
立さんの歌は、まさにそんなふうだった。
最後の曲は『ラ・マンチャの男』から。
 「おじいさんの主人公が正義のために戦う話で、
  観るたびに勇気をもらうんです」
客席は、そんな立さんの歌に勇気をもらったのではないだろうか。

最後の挨拶で、磯野サンが
 「私も濃ゆいんでしょうか?」
と尋ねられて全員に肯定されていたり、
矢代サんが
 「皆さんもどっとお疲れになったと思いますが。
  濃ゆーい面々が、
  濃ゆーい歌を、
  どーん!
  と歌っているので、
  私も待ってるうちにくたびれ果ててしまいました」
と言ったりしていたので。
そんな言葉のせいだろうか。
最後のの歌が
 「ああ、幸せな濃い
と聞こえて仕方がないのだった。

ああ。
濃くて幸せ。
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