駄らだらと語る宝塚ファンのブログ
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 「宝塚雑談」 2010年 01月 15日 (金) 20:37
先日、そろそろ舞台でも見ようかと思いたったとき。
ファンの子にきいてみた。
 「最近の宝塚って、どう?」
そしたら返ってきた答えが
 「大変だよ、もう!」

大変なんですね。
相変らず。
いつもどおりに。

以下の文章は、だいぶくどいよ。

 
そのとき聞いたのは、彩吹さんの退団と
もうひとつは、音楽学校の訴訟問題の話だった。
こういうことがあるたびに、ファンのあいだから
 「劇団は何を考えているのか」
なんて言葉をよく耳にする。
 「夢をこわされた!」
とも。
それを聞くたびに「ああ、このひとはまだ夢みてたんだ。いいな」って思う。

あるていどファンを続ければ、だいたい分ってくるはずだ。
・・・あの劇団に夢を求めるほうがどうかしている。

人間は欲をもち、欲を満たすことで生きていくわけだから。
組織というものは、時間がたてばどこかが腐ってくるものだと思う。
組織が大きければ大きいほど
古ければ古いほど
腐ったと部分を隠そうとするから、かえって大きくなってしまうのだと思う。
95年も続いてきた組織の、壊疽した患部がどんなことになってるかなんて、想像するだに恐ろしい。
「昔はよかった」もよく聞くけれど、腐食がすすんでいるのだから当然だ。

だから劇団は混迷し、迷走し、変わっていくのかもしれない。
新陳代謝は宝塚の命。
生徒だけでなく、経営陣も演出家もシステムも。
そして何より。
ファンも。
ファンもリストラ(私みたいなの真っ先に)!
時代にあわせて変わっていくことで生き延びてきたのだから。

ちなみに、人事に関してはいつでも酷いことしてきた。
私が知ってる限り20年くらいは変わってないと思う。
夢なんて見せてくれるわけがない。

夢をみられるのは舞台だけ。
それ以上つっこんだら、どろどろ泥沼、泥仕合。

いま舞台に立ってる人たちは、だから、とても偉いと思う。
どろどろの中で立ちつづけ。
逃げずに戦いつづけている。
美しく咲こうとしている。
それ故、『花園』を去るときはみんな、蓮の花のように清廉なのだ。

たとえ努力が報われないと知っていても
たとえどんなにおかしな世界だと知っていても
それでも頑張る人がいる。
夜おそくまで稽古を重ねる人たちがいる。
限られた状況のなかでなんとか美しい舞台をつくりだそうと
必死で試みているスタッフも大勢いるはずだ。
それこそが宝塚の本当の美しさであり、夢なのかもしれない。

舞台をみよう。
最後まで送ろう。
それでも舞台は、幕をあけるのだから。

・・・頑張れ、ファンのひと。



ついでに。
音楽学校生の話。
いじめとか万引きとか濡れ衣なのかとか、そんなのは珍しくもないけれど
ブログとか写真の話になると、すごく時代を感じるなあ。
恥ずかしいほど幼稚で愚かな話だ。
あの子たちはまだ子供だ。
こうなる前に大人が管理し、教え、保護してやらなくちゃいけなかった。
大人の責任だと思う。

しかし、今どきの大人は可哀想だな。
甘やかされたお嬢ちゃんと、個性が炸裂している子がひしめいている世界。
音楽学校の先生ってスゴイ大変な職業だろうな。
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