皆様、こんにちは。
だだでございます。
子供の頃からずっと歌劇を観て育ちました。
ここ数年で宝塚も変わりましたが、私も変わりました。
今でもタカラヅカは好き。
それは変わりません。
舞台はときどき観ています。
でも、ネット上でファンを名乗る勇気は失ってしまいました。
宝塚は心の故郷ですが、ふるさとは遠きにありて思うもの、です。
昔みたいには観ることはできません。
今は、まだ。
他のブログは続行中です。
・旅ブログ「地球の迷子」(たまに更新)
・「猫とビターチョコレート」。
「宝塚雑談」
2012年
05月
03日
(木)
17:10
アンデルセンは言った。
『人生は神様が書いた一遍のおとぎばなしだ』
と。
人生が一遍の物語であるように、
役者にはひとりひとりの物語がある。
初舞台を踏んでから最後の大階段をおりてくるまでの物語が。
スター街道をまっしぐらに登りつめる話もあれば、
わき道をコツコツ歩みつづける話もある。
ファンは手に汗にぎりながら長い物語を見つめつづける。
これ以上観ることのできない私にとって、今日の舞台が、大空祐飛という一冊の本の最後のページだった。
人によっては最初のページからすでに結末が見えていることもあるけれど、
ゆうひ君の物語はちっとも先が読めなかった。
どんなエンディングになるのか想像ができなかった。
だからトップになったとき、すごく嬉しかったのだ。
近頃はほとんど観られなかったけど、すばらしいハッピーエンドだということはわかった。
思いもかけないくらい堂々たるトップ姿だったから。
でも、どんなハッピーエンドでも、本をとじるときには悲しくなる。
寂しくなる。
美しい物語であればあるほど。
充実した物語であればあるほど。
・・・すばらしい物語をありがとう。
『人生は神様が書いた一遍のおとぎばなしだ』
と。
人生が一遍の物語であるように、
役者にはひとりひとりの物語がある。
初舞台を踏んでから最後の大階段をおりてくるまでの物語が。
スター街道をまっしぐらに登りつめる話もあれば、
わき道をコツコツ歩みつづける話もある。
ファンは手に汗にぎりながら長い物語を見つめつづける。
これ以上観ることのできない私にとって、今日の舞台が、大空祐飛という一冊の本の最後のページだった。
人によっては最初のページからすでに結末が見えていることもあるけれど、
ゆうひ君の物語はちっとも先が読めなかった。
どんなエンディングになるのか想像ができなかった。
だからトップになったとき、すごく嬉しかったのだ。
近頃はほとんど観られなかったけど、すばらしいハッピーエンドだということはわかった。
思いもかけないくらい堂々たるトップ姿だったから。
でも、どんなハッピーエンドでも、本をとじるときには悲しくなる。
寂しくなる。
美しい物語であればあるほど。
充実した物語であればあるほど。
・・・すばらしい物語をありがとう。
「なんとなく花のみち日記」
2012年
03月
06日
(火)
00:18
空が朝からぐずぐずと泣いてばかりいた。
啓蟄の雨だ。
夕方前に大劇場前へ着くと、すでにファンクラブさんが出待ち体制をつくりあげていた。
隊列を組み。
手をつなぎ。
水も漏らさぬガードっぷり。
「信仰宗教の儀式みたいだね」
と誰かが言い、私はエジプトのピラミッドで行われていたUFO教団の儀式を思い出した。
・・・たしかに、そっくりだ。
託児所の窓から子供たちが珍しげに見下ろしている。
『終演は5時半』と劇団のスケジュール表には書いてあったけど、
ファンの人たちが劇場から走り出てきてパレードの場所取りに殺到したのは6時頃だった。
退団者が歩む花道に、色とりどりの風船が並んだ。
ファンの人たちが手に持ってゆらしている。
赤や青やオレンジや。
にぎやかな花が咲いたみたいだった。
うっかり放たれた風船がひとつ、ふわりと浮かびあがって夜空にとけていく。
風船の列のあいだに車が停められる。
拍手があがる。
袴姿の退団者がひとり、またひとり、花道を歩いてやってくる。
最後の笑顔を見せてくれる。
可愛らしく微笑みを配りながらゆく人。
すいすいと爽やかに歩いていく人。
みんなきれいだった。
空模様も退団者を気づかって、しばらく降るのを我慢していた。
なのに、青樹泉ちゃんが去ったとたん。
最後の最後の姿が花の道に消えたとたん。
ふたたび「わあっ」と降りだした。
雨が、張りつめた寂しさをこらえきれなくなったみたいに。
いっしょうけんめいに笑ってるファンのひとの代わりに泣きだしちゃったみたいに。
なみだ雨って本当だ。
ひしめきあう大群集の中で傘をさすのは危ないと
みんなで肩寄せ合って濡れそぼってたら
最後のひとりが来た。
霧矢さんが来た。
黒の紋付、緑の袴。
まあるく輝くお月様。
一心に。
ひとすじに。
力のかぎり輝きつづけてきたお月様。
背中が、思いがけず細かった。
若い頃の印象が強いせいだろう。
痩せたなあと思った。
トップになるとみんな痩せる。
どんどん華奢になってゆく肩で、いろんなものを牽いて歩いてきたのだ。
拍手の中を。
嵐の中を。
ここまで牽いてきた。
牽いてきた仕事のぶんだけ、輝きは増すのかもしれない。
例えがおかしいかもしれないけど
私の目にはずっと、霧矢さんは職人に見えてたから。
プロの仕事をするひとの
それは一生に一度の仕事をやりとげた笑顔だった。
ゆっくりゆっくり進むたび、まわりの空気が熱くなっていく。
ファンの人たちが懸命に声をそろえて掛け声かけてた。
こっぱずかしい台詞をいっていた。
それから笑った。
犬のフィンチが袴をはいて霧矢さんに抱かれていた。
犬連れのパレードって初めてみた。
「かわいいね」
って声があがった。
犬のことなのか飼い主のことなのかはわからなかった。
気がついたら雨がやんでいた。
空は、泣き止んでいた。
啓蟄の雨だ。
夕方前に大劇場前へ着くと、すでにファンクラブさんが出待ち体制をつくりあげていた。
隊列を組み。
手をつなぎ。
水も漏らさぬガードっぷり。
「信仰宗教の儀式みたいだね」
と誰かが言い、私はエジプトのピラミッドで行われていたUFO教団の儀式を思い出した。
・・・たしかに、そっくりだ。
託児所の窓から子供たちが珍しげに見下ろしている。
『終演は5時半』と劇団のスケジュール表には書いてあったけど、
ファンの人たちが劇場から走り出てきてパレードの場所取りに殺到したのは6時頃だった。
退団者が歩む花道に、色とりどりの風船が並んだ。
ファンの人たちが手に持ってゆらしている。
赤や青やオレンジや。
にぎやかな花が咲いたみたいだった。
うっかり放たれた風船がひとつ、ふわりと浮かびあがって夜空にとけていく。
風船の列のあいだに車が停められる。
拍手があがる。
袴姿の退団者がひとり、またひとり、花道を歩いてやってくる。
最後の笑顔を見せてくれる。
可愛らしく微笑みを配りながらゆく人。
すいすいと爽やかに歩いていく人。
みんなきれいだった。
空模様も退団者を気づかって、しばらく降るのを我慢していた。
なのに、青樹泉ちゃんが去ったとたん。
最後の最後の姿が花の道に消えたとたん。
ふたたび「わあっ」と降りだした。
雨が、張りつめた寂しさをこらえきれなくなったみたいに。
いっしょうけんめいに笑ってるファンのひとの代わりに泣きだしちゃったみたいに。
なみだ雨って本当だ。
ひしめきあう大群集の中で傘をさすのは危ないと
みんなで肩寄せ合って濡れそぼってたら
最後のひとりが来た。
霧矢さんが来た。
黒の紋付、緑の袴。
まあるく輝くお月様。
一心に。
ひとすじに。
力のかぎり輝きつづけてきたお月様。
背中が、思いがけず細かった。
若い頃の印象が強いせいだろう。
痩せたなあと思った。
トップになるとみんな痩せる。
どんどん華奢になってゆく肩で、いろんなものを牽いて歩いてきたのだ。
拍手の中を。
嵐の中を。
ここまで牽いてきた。
牽いてきた仕事のぶんだけ、輝きは増すのかもしれない。
例えがおかしいかもしれないけど
私の目にはずっと、霧矢さんは職人に見えてたから。
プロの仕事をするひとの
それは一生に一度の仕事をやりとげた笑顔だった。
ゆっくりゆっくり進むたび、まわりの空気が熱くなっていく。
ファンの人たちが懸命に声をそろえて掛け声かけてた。
こっぱずかしい台詞をいっていた。
それから笑った。
犬のフィンチが袴をはいて霧矢さんに抱かれていた。
犬連れのパレードって初めてみた。
「かわいいね」
って声があがった。
犬のことなのか飼い主のことなのかはわからなかった。
気がついたら雨がやんでいた。
空は、泣き止んでいた。
カテゴリ: なんとなく花のみち日記
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「なんとなく花のみち日記」
2012年
02月
28日
(火)
23:44
今日、月組さんの舞台をみながら
霧矢大夢さんのさよなら公演を観ながら
はるか昔の『ハウ・トゥ・サクシード』の新人公演を思い出していた。
霧矢さんが一部の主演をつとめた新人公演。
チケットを譲ってくれたおばあちゃんは
霧矢さんのことを「うちの近所の子」だと話した。
「おもしろくってな。
ええ子なんやで。
ほんまに、ええ子。」
肝心の舞台はほとんど覚えていないのに
「ええ子」
という言葉だけが耳に残っている。
そういう舞台だったのだと思う。
あれから何年経ったのだろう。
組替えをして。
休演もして。
苦労を重ねて。
たくさん重ねて。
誠実で、立派なお父さんトップさんになった。
それでも。
今も変わらずに。
・・・ほんまに、ええ子。
霧矢大夢さんのさよなら公演を観ながら
はるか昔の『ハウ・トゥ・サクシード』の新人公演を思い出していた。
霧矢さんが一部の主演をつとめた新人公演。
チケットを譲ってくれたおばあちゃんは
霧矢さんのことを「うちの近所の子」だと話した。
「おもしろくってな。
ええ子なんやで。
ほんまに、ええ子。」
肝心の舞台はほとんど覚えていないのに
「ええ子」
という言葉だけが耳に残っている。
そういう舞台だったのだと思う。
あれから何年経ったのだろう。
組替えをして。
休演もして。
苦労を重ねて。
たくさん重ねて。
誠実で、立派な
それでも。
今も変わらずに。
・・・ほんまに、ええ子。
カテゴリ: なんとなく花のみち日記
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「お知らせ」
2011年
10月
17日
(月)
14:47
2010年、宙組が『カサブランカ』を演ると聞いたとき、
ちょうど旅行中だった私は
「宙組公演中にカサブランカを訪れたい!」
と企んだ。
だけどそれは失敗に終わった。
その年は、
宝塚のカサブランカも
モロッコのカサブランカも
観ることはできなかった。
残念。
写真は2007年のカサブランカ。
旧市街の門のところかな。

新市街はこじゃれた都会だった。
夜のお誘いがばんばんきて
フランス語でくどかれる、って町だった。
正直、かなりうざい。
大空祐飛氏のようなオトコマエは、実際のカサブランカにはなかなかいないものだ。
モロッコといえばもうひとつ。
2005年の花組公演『マラケシュ・紅の墓標』。
なにしろ荻田浩一作品だ。
ものすごく雰囲気のある舞台だった。
幕開き前の砂嵐の音、
蛇の怪しいダンス、
スーク(市場)のセットも演出も、
「砂漠のバラ」という小道具も。
異国情緒たっぷりの舞台があまりにも素敵だったので
「よし、行くぞマラケシュ!」
翌々年には行っちゃいました。
マラケシュ。
赤い町と人の呼ぶ。

なぜ赤い町なのかといえば、ご覧のとおり、町の壁がぜんぶ赤いから。
パリから逃れてきた2人、
リュドヴィーク(春野寿美礼さん)とオリガ(ふづき美世サン)が出会ったのは
どこだったっけ?
門のところ?
スーク?

それとも、ジャマ・エル・フナ(死者と踊る広場)?

とにかく、オリガはモロッコ商人たちにからまれていた。
「お嬢さん!これ安いよ!安いよ!」
「ミルダケタダ!」
言葉が分らんからといって
オリガのように怯えていてはいけない。
あんなキレイな格好で市場を歩いてもいけない。
ネギ背負ったカモである。
困っているオリガをリュドヴィークが助け、2人は出会う。
だがリュドヴィークも同じ穴の狢だった。
地元のベルベル人、愛音羽麗サンと桜一花サンが砂漠で掘りだしてくる『砂漠のバラ』を、金持ちヨーロピアンに高く売りつける。
詐欺師なのだ。
で、砂漠のバラが実際どんなかっていうと

こんな感じ。
お値段は50円とか100円くらいから売ってる。
大きくて綺麗なものだと値が張るが、
それでもせいぜい5千円くらい。
これを高額で売りつけるリュドヴィークは、
はっきり言って旅行者の敵である。
『マラケシュ・紅の墓標』は、旅人に対する警告がいっぱい詰った作品だといえるだろう。

ベルベル人の美女かと思いきや
「みんな騙されちゃダメよ〜!
あたし、オ・ト・コ♪」
・・・たしかにマラケシュにはイカサマ師が多かった。
ちょうど旅行中だった私は
「宙組公演中にカサブランカを訪れたい!」
と企んだ。
だけどそれは失敗に終わった。
その年は、
宝塚のカサブランカも
モロッコのカサブランカも
観ることはできなかった。
残念。
写真は2007年のカサブランカ。
旧市街の門のところかな。

新市街はこじゃれた都会だった。
夜のお誘いがばんばんきて
フランス語でくどかれる、って町だった。
正直、かなりうざい。
大空祐飛氏のようなオトコマエは、実際のカサブランカにはなかなかいないものだ。
モロッコといえばもうひとつ。
2005年の花組公演『マラケシュ・紅の墓標』。
なにしろ荻田浩一作品だ。
ものすごく雰囲気のある舞台だった。
幕開き前の砂嵐の音、
蛇の怪しいダンス、
スーク(市場)のセットも演出も、
「砂漠のバラ」という小道具も。
異国情緒たっぷりの舞台があまりにも素敵だったので
「よし、行くぞマラケシュ!」
翌々年には行っちゃいました。
マラケシュ。
赤い町と人の呼ぶ。

なぜ赤い町なのかといえば、ご覧のとおり、町の壁がぜんぶ赤いから。
パリから逃れてきた2人、
リュドヴィーク(春野寿美礼さん)とオリガ(ふづき美世サン)が出会ったのは
どこだったっけ?
門のところ?
スーク?

それとも、ジャマ・エル・フナ(死者と踊る広場)?

とにかく、オリガはモロッコ商人たちにからまれていた。
「お嬢さん!これ安いよ!安いよ!」
「ミルダケタダ!」
言葉が分らんからといって
オリガのように怯えていてはいけない。
あんなキレイな格好で市場を歩いてもいけない。
ネギ背負ったカモである。
困っているオリガをリュドヴィークが助け、2人は出会う。
だがリュドヴィークも同じ穴の狢だった。
地元のベルベル人、愛音羽麗サンと桜一花サンが砂漠で掘りだしてくる『砂漠のバラ』を、金持ちヨーロピアンに高く売りつける。
詐欺師なのだ。
で、砂漠のバラが実際どんなかっていうと

こんな感じ。
お値段は50円とか100円くらいから売ってる。
大きくて綺麗なものだと値が張るが、
それでもせいぜい5千円くらい。
これを高額で売りつけるリュドヴィークは、
はっきり言って旅行者の敵である。
『マラケシュ・紅の墓標』は、旅人に対する警告がいっぱい詰った作品だといえるだろう。

ベルベル人の美女かと思いきや
「みんな騙されちゃダメよ〜!
あたし、オ・ト・コ♪」
・・・たしかにマラケシュにはイカサマ師が多かった。
「宝塚雑談」
2011年
09月
27日
(火)
15:42
雪組を観た。
前の作品は旅立つ直前だったので、落ち着いて雪組を観るのは久しぶりだと思った。
スターの名前はほとんどわからない。
若手は顔も知らない人ばっかりだ。
でも、名前を知らない若い顔の向こうに、今はもういないかつてのスターの顔が浮かんで見えた。
かつてこの組にいた人たちの顔。
懐かしい顔が。
若い人たちは、先輩たちの芸をちゃんと吸収して成長しているのだと思った。
ファンも年をとると
昔はよかったとか
今の宝塚はどうとか言うひとがいるけど
現在は過去の続きなのだ。
芸を盗み、技を真似し、
そうやって受け継がれてきたのだ。
そしてこれからも、受け継がれていくのだろう。
名前も知らない若い人たちを見ていて嬉しくなった。
久しぶりに観た宝塚の舞台は、正直、アホみたいだった。
国王の代わりにアイツを封印してくれ!と思った(生徒さんのことではありません)。
馬鹿じゃなくアホみたいで、大笑いして、癒されて、なんか元気でた。
・・・さあ、今日も働くぞ!
前の作品は旅立つ直前だったので、落ち着いて雪組を観るのは久しぶりだと思った。
スターの名前はほとんどわからない。
若手は顔も知らない人ばっかりだ。
でも、名前を知らない若い顔の向こうに、今はもういないかつてのスターの顔が浮かんで見えた。
かつてこの組にいた人たちの顔。
懐かしい顔が。
若い人たちは、先輩たちの芸をちゃんと吸収して成長しているのだと思った。
ファンも年をとると
昔はよかったとか
今の宝塚はどうとか言うひとがいるけど
現在は過去の続きなのだ。
芸を盗み、技を真似し、
そうやって受け継がれてきたのだ。
そしてこれからも、受け継がれていくのだろう。
名前も知らない若い人たちを見ていて嬉しくなった。
久しぶりに観た宝塚の舞台は、正直、アホみたいだった。
国王の代わりにアイツを封印してくれ!と思った(生徒さんのことではありません)。
馬鹿じゃなくアホみたいで、大笑いして、癒されて、なんか元気でた。
・・・さあ、今日も働くぞ!